講演会スケジュール

小堀美奈子 を読む
なぜ講演会Storyをつくっているのか?            作家 金城幸政 一番初めに 講演会Storyを ただ「講演会がありました」 例えば 広告だと「いつありました」とか 日程とかスケジュールの ああいうレベルの なんか報告みたいな、 こういうレベルで形を位置づけて ただ表現するんじゃなくて 講演会Story っていう この〝Story〟を付けたのは まさしく自分たちがそれを一つの物語にしていくんだっていうことから 講演会Storyっていうタイトルそのまんまにしてるんだけど ただそのStoryって言っても 現実 今 世の中に その既存のものがないんだったら みんなのイメージって「まぁ講演ストーリーなんでしょうね、」みたいな レベルで考えると思うんだけど そこに色んなアイディアがあると 講演Storyもここまで利用価値っていうか 可能性をいろんな形でつくれるものになるんだなぁっていうのの ひな型 そういった見本になるものをまず最初に作りたいっていう で まぁ一番初めに 講演会・・・まぁ主に啓蒙活動の中でも 講演会という位置づけと セミナーっていう位置づけの違いって言った時に セミナーは一つのテーマ や 親力プログラムだったら そのプログラムのカテゴリーの中で それをしっかりと ひとテーマ ひとテーマ 4年間 60項目のカリキュラムの中で もう本当にひとつひとつみっちり 縦にどんどん掘り下げていく で 4年間の間にやっぱり中学・高校の部活と同じように 人が3年もやれば どうなるか分かるじゃん 素人がかなりできるような状態 だからある程度のカリキュラムの内容と期間っていうのはとっても大事で やっぱり 愛着心一つ 生理的要求一つ 教えるにも 本当に2年3年かかって当たり前 で もう愛着心が絆とか信頼関係とかに繋がっていくまでだったら 本当に3年要するっていうか でも3年通った人は明らかに分かるんだけど 明らかに人間関係が変わってる で もちろん親が変わる お母さんが変わるから 夫婦関係 もしくは家族関係 っていうのも全体的に変わっていくっていう だからそれを3ヵ年しっかり面倒見ましょうっていうのも 含めてセミナーっていう だけど講演会っていうのは一つのキッカケを与えるためにあるんだから いかにして 広く浅く っていうか まぁ 僕の講演会ある程度 深みもあるけど ただし色んな講演会で 一つのキッカケを掴む って言った時に 育てのこと 夫婦のこと 健康のこと 仕事のこと 日常の対人関係全般 で 会社でいうと社員教育とか 同僚とか人間関係とか ああいうことも加味して この講演会の中で 色んなものに波及して こう 応用がきくっていうか そういうのに活かせるっていう ヒントになる ような 幅広さで 講演会はやって行かないといけない で 講演会をキッカケに 「あ、ああいう可能性も、こういう可能性も、ああいう可能性もあるんじゃないか、」っていう だから講演会はどうしても一つのテーマを深く掘り下げるって感じじゃないところ 多々ある中でやるんだけど セミナーと講演会の違いっていうのは まずそこ ただ その講演会も 今まで自分たちの主催でやったのも もちろん もう何十、何百っていうことを僕は手掛けてきた だから 主催者としての目に見えない苦労っていうかそういったのもやることの大変さとか まぁ面白さとかももちろんあって そう言ったことがまず僕は体験上分かってるわけね だからこそ依頼者側 講演を依頼する側の大変さもよく分かる だから まぁ 日ごろの人間関係・人間付き合い 社交性の広さに応じて それぞれ 集客しやすい・しにくい も もちろんあるし 地域性っていうのもある だから日ごろから活発に行動して いろんな人たちとの人脈を持ってる人が 講演会主催するって言ったら簡単なことなんだけど まぁ関係者にお願いねって言うことで どんどん どんどん 1人が10名 1人が5名 って連れてくる割合で 講演会はわりと集客も簡単で賑やかにできるんだけど ただそういう社会的な繋がりや活動日ごろやってない 単なる一人のお母さんが講演会やるってなると そういうわけにはいかない だからそういうこと考えていった時に 講演会Storyっていうのが一つでもしっかり表現されていれば 誰が講演会を依頼してきても うちのサイトマップ そういったものを活用すると その 地域 地域 の 講演活動が、 まぁ集客にしても しやすくなるっていうか だから今回の岐阜で言うと 特に たった一人の主婦が 起こした講演会なんだけど 会場をよく観てみるとお客さんの三分の一が やっぱり地方、 岐阜以外のところから もう遠いところなんか 車6時間も飛ばして3交代で 藤沢から「講演会を応援しようツアー」って言って 応援隊が来ていて で、 会場の受付とか色んな手伝いを 神奈川県のチームが岐阜をすごくサポートしたわけ だからネットワークが無くても やっぱり 円隣 もしくは金城幸政っていう人間関係の関連で 人が繋がってるっていうことで 力のない一主婦でも お母さんでも そういったのが可能になるっていうのは まさしくこのサイト自体が動いてて その告知っていうか この啓蒙が行き届いてるからこそ みんなが動いてくれる だからそういう意味で言うと サイトがそうやって 誰かが主催しても そのサイトに集う人たちが「岐阜を盛り上げてあげようよ」とか「鹿児島、熊本を盛り上げてあげようよ」とか そういうものがあるので 人が繋がることが実際次の環境創りがやりやすくなるっていう で、 講演会Storyが なぜStoryがつくのかっていう話に戻ると シンプルに言うと ・・これはサイトの中で冒頭に持ってきてほしい部分なんだけど なんで “Story”か って言った時に 講演会を皆のイメージで考えると 本当に 講演会 ってしかイメージが無くて 「何かの話を聞きに行く」 で「それが日常や人生のヒントになれば」みたいな感覚て講演を聞きに行くと思うわけ で 主催する側も「それをキッカケにこういう情報掴んでほしいなぁ」とか「金城幸政っていう人が発信してる情報や環境があるよ~」ってことを教えたい・伝えたいっていうことももちろん目的としてある ただし講演会のあと ほとんどの主催者っていうのは 講演会をした後 何かを達成した感覚になっていて 実際講演会の後が大事ってことをよく分かってない人もいる 講演会をやったからには「あの講演会をやった人ですよね?」っていう感覚で知り合う人も多いわけよ だから依頼してきた“講演内容を大事に過ごしてる人”っていうイメージで出逢う人たちが多いから  その後、・・ 例えば 尾道で言うと 河尻 っていう人間がそれを起こしたってなってくると 「河尻さんがこういう講演会をした」 その講演会で知り合った人は 河尻さんはこういうことに関心がある人ってイメージになるんだよ だからその後の付き合いに 実はその講演会っていうのは影響与えていて 自分たちは終わったイベントって考えると終わってるんだけれども 問題はそこで起こった情報とか 出逢わしてくれてありがとう とか そういったものが実は自分の人生や人間関係に息づいてるってこと分からないといけないと思うわけ で そういうことも含めて 講演した 後の方が 実はもっとケアが大事 やった本人も もちろん受けた我々も で そのStoryっていうことの可能性の中で言えば 河尻さんは整体院をやってて健康に関する仕事を本職としているんだけれども 今回河尻さんはこの講演会を通して 尾道の講演会の翌日は スケジュール上 僕はある製薬会社の健康関連の講演会があって 同じ広島ってこともあって 河尻さんの講演会の後に市内に飛んで その講演会をやってるんだけど 河尻さんは同じ広島市内っていうのもあって その製薬会社の講演会も含めて 2日連続 聞くことになったんだけど その講演会聞いて 河尻さんが一言 感想で言った言葉が 「人生最良の3日間でした」 っていう 名台詞っていうか 言葉 をもらったんだけど 講師冥利に尽きるっていうか そういう言葉をもらってるんだけど なぜ河尻さんがそういう言葉を言ったかって言うと 長い 健康に関する仕事をしてきて「このままでいいのだろうか?、」とか もしくは「今後どうしていくべきだろうか?、」って言った時に 方向性?、 自分の仕事の 方向性っていうのを考えていった時に「このままではよくないんじゃないか?、」っていうか「何かいいことないか」って こう考えていく で 実際にこれは病院だろうと 理学療法だろうと 針だろうと こういう整体であろうと 言いかえると健康にするってことと 病気を治すってことはちょっと違ってて その病気を治すって世界は 焼け石に水で どんなに治療しても治療しても 同じ慢性のモノの治療受けに来たり 治療したからといって もう二度と治療必要ないぐらい健康になるっていうのは稀で だから常に常にメンテしないといけないみたいな 感覚があるっていうか だから「本当にこのままでいんだろうか?」って考えた時に 本人の無意識 は 経験上気付いてるわけよ 河尻っていう人間の無意識は 経験上気付いてるわけよ 「こういうことをしてても本当の健康づくりになるのかどうか 疑問だ」という 病気を治す っていう話と 健康にする・健康になる で 健康になって 健康を維持・増進 で もっと元気を与える っていうことは 別の問題だっていうことが なんていうの・・ “アナログ”だったんだよね アナログのトーンっていうか、 だけど僕の話を聞くことによって デジタル的に 要するに 病気を治すっていう分野の世界 と 健康をさらに健康にするっていう ことの違い だから 病気を治すというのは 健康っていう言葉で片づけていいのかもしれんけど 健康な人をさらに元気にする さらにパワフルにするってっていうのは “健体康心”って言葉の元々の由来があって “健体康心(ケンタイコウシン)”=“健康な体に健やかな心” で健体康心って言うんだけど 健康体には健やかな心 健やかな心には健全な体 っていうのが宿るんだっていう事で考えると メンタル・心 精神性と健康っていうのは切っても切れない って考えていった時に 本当の治療っていうのは 総合的な医療が本当の治療であって 対処以上に急性とかもうどうしようもない場合対処も必要だけど 対処の前に「起こす原因」 再発みたいな形で何度も同じ症状を繰り返すことなんかの その病気の根本(原因)っていうのを考えていくと 元を正せば二度三度同じ治療が必要ないっていうか だから一つの病気を治すにあたっても 治したからにはもう二度とかからないぐらい そのことから学習しないと 焼け石に水になるのは当然 だから元気な人を 健康な人をさらに健康に導く もしくは本当に健康維持ができるっていう状態が整体院としても もっともっと次元が高まっていくステージに入りませんかっていうことを 河尻さんにその時話していて 河尻さん まさしく自分が「無意識に分かってたことを言葉にしてもらった気がする」っていう だから もう明確になりました っていうことで 最良の3日間でした っていう だから迷いが消えた っていう だから あの講演会は 講演会を通して そこの会場に集まった人たちに たくさんのキッカケと情報提供っていうのができたんだけど それ以上に主催した河尻さんにとっては まさしく“運命の分岐点” 人生の分岐点になったんじゃないかな って まずそれがひとつ だから講演する人(主催者)にもすごい影響があるっていうか 変化 成長がある だから僕は河尻さんが言った「最良の3日間でした」っていう言葉を 僕に講演依頼をして来た人すべてに言わせてあげたいなって 引き受けるからには っていう 『それが僕の講演会の引き受け方なんだ』っていう まぁ ただでは転ばん ただでは死なん っていうか で それがまず講演会を通して本人が大きな分岐点を迎える って事と 講演会を通してたくさんの人の気づきやキッカケを与えられる っていうのが 講演会そのもののメリット 講演会後の問題っていうのは どういうことかって言うと 講演会をやって終わった達成感だけにしてしまうと なんらこう 本当に活きてこない っていうか、 まぁ限界がある 環境っていう言葉から逆算すると 講演会が環境創ることはあり得ない 講演会ののちに繋がる人たちとか 明確なVisionや目標が生まれて その活動を通して環境が生まれるんだったら分かるけど 講演会自体がいきなり環境を生むってことなんかありえないわけよ だから講演会をキッカケに そういう情報や意識の切り替えっていうのが起こったんであれば それをキッカケにそこで起こった感動とか 明確なVisionや方向性・目標 そういったものが生まれたんであれば それを絶やすことなく続けていくことで 講演会をキッカケに次の環境が生まれるっていう だから その環境を創ろうと思ってる前提で講演会をするんであれば また別の意味の講演会になる だから 講演会をする っていうことが 目標 なのか 講演会を通して 次の目標ないしVisionをちゃんと掴ませよう っていうことになるのかって もしこの言ってる意味が分かるんだったら 講演会を通して明確なVisionや方向性・人生の指針を掴まえようって言うんであれば 講演会は手段になるので 言ってしまえば これが企業に当てはまると 会社の経営方針が大きく転換していく 大きなコンサルになるわけよ 会社に置き換えて考えると だから僕は講演会をそういうレベルで考えていくと もう「単なるお話を聞いてちょっと意識付けしましょう」っていうことで 講演会大成功!達成しました ってことで完結させるのと その講演会をキッカケにして 講演会を通して次々何が生まれていくのかっていう展開を考えることの方が 講演会の付加価値っていうか 存在する意味の価値っていうのが すごい大きくなる で そこで例えば まぁこれはもう河尻さんの意識にも もちろんよるんだけど 河尻さん自身も自分の仕事や職場環境もホームページを形通り ・・ITのプロじゃない限りは僕はもう基本的なことがあればいいと思うんだけど そういう職場を表現してる 例えばホームページがありますっていう そのホームページに「講演会しました」って言うことを載せた場合 例えば情報のほとんどは円隣が本部が持ってていいわけね ただ円隣の本部と河尻さんのサイトをヒモ付して繋ぐことで河尻さんのところに健康関連で興味持った人が円隣のことも覗けるっていう 一見これ見方をいやらしくすると 河尻さんの窓口を使って円隣のお客さんを増やそうに見えるんだけど 逆に言えば 河尻さんだけではできない部分を円隣がフォローしようっていう物の見方にもなる で 河尻さんところの窓口をキッカケに子育てのコツをたくさん掴む人たちが生まれてくるってなるとただの整体院じゃなくなるわけよ だから河尻さんは健康や整体に関しての専門家かもしれないけど 家族づくり・家庭づくり とか 子育てに関する情報だったら 金城先生がプロフェッショナルなので 金城先生の持ってるそういう家庭に還元できる大切な情報を河尻さんっていう窓口を通してたくさん尾道の人たちに還元できるわけよ だから ただの整体院じゃなくなる だからそうやって河尻さんの仕事を違う側面から支えること・サポートすることができるんじゃないかって だから単なるヒモ付けだけでも 僕はそういうのが可能になると思う で そういう人達が 尾道の河尻さんの整体院を通して たくさんの人がいろんな恩恵を受けてますって 例えば河尻さんとこのネットワークでそういうサイトを観てる人が尾道周辺だけで1000名います、3000名います、5000名いますってなってくると この5000名は「河尻さんのお陰様で子育てが楽しくなりました」とかそういうものが伝わっていくと 河尻さんの専門は整体なので別に子育てのことに特化して書いたりなんやかんやする必要ないわけよ それはうちがやるわけ だけどその情報が河尻さんのことろで全部見れるってことになると 「この整体院 便利よね」っていう話にもなってくる すると気が付くと 整体を受ける患者さんも含めたネットワークと そのついでに子育てのことやパートナーシップのこと 色んなことを勉強する人たちのネットワークも 河尻さんのホームページにアクセスさせてネットワークしてると 色んな意味で河尻さんのサイトが地域貢献するっていうか で それが3000名5000名になっている状態であれば 例えば河尻さんが第2弾の講演を起こすとしてもサイトで発表すればいいだけだと思うわけ その5000名はいつもここ(サイト)で勉強してるから 「金城先生来るよ~」って言った時に「行く!行く~!」っていう人が ・・あのこれは10名に1人来ても大事件になるわけさ!(笑) 会場は500名以上の場所を用意しないといけなくなるから すると その会場に集まった人達は 日ごろサイトの中である程度の情報を共有してる人達なので この会場っていうのは初対面じゃないような空気が最初からあって で そこで直接会うことによって さらに親しみが湧いて 河尻さんの整体院に常時30名くらいのお客さんが入れるCaféが必要になるんじゃないかって言わんばかりの環境って言うか ってなると思うわけ ね、 で そこで尾道って言ったら何がある~?って言った時に 尾道に特化して県産品とか名産品がりますよ~ってなってくると 「河尻イチオシ◯◯商品!」っていうのなってくると 沖縄の人はこれを楽しみになってきて欲しいなって思うと 河尻さんのホームページから円隣に「◯◯が100個準備できますよ~!」ってなったときに「沖縄の方 買う人いませんか~?」って言えば 「◯個くらい欲しいですね」ってなると ちょっとしたショッピングITモール ショッピングセンターになる 「沖縄のゴーヤーが入りました~!尾道で欲しい人いませんか~?」ってなって 例えば河尻さんの5000人のファンが「沖縄のゴーヤー買えるってよ!河尻さんのところで注文できるってよ~」ってなったら 河尻さんのホームページから「じゃあゴーヤー200本下さい」って言うんであれば その200本購入することができるっていう これは単に商売と見なすのか それとも良い農家から良い食材を取って食育に繋げていきたいって考えると 後々に整体院の健康に関する問題に繋がっていく だから 単に「食材提供しましょう」とか 「ITモールで商売しましょう」とか そういう話ではなくて そういうことを通して 健康のために良い食材を考えて ってことで考えるんであれば 食育にも繋がっていく だから例えばそのゴーヤーひとつにしても どういう農家の人が・どんな意味で・どんな気持ちで作って育てた大事な野菜か って言うことを 家族の人たちがサイトを読むだけで「農家事情っていうのはこういうことなんだなぁ」とか まぁちょっとした 今どこの家庭ももちろん農業離れしてて農業したことがない人がほとんどでっていう でも自分たちの毎日口に入ってる食材がどこでどんな風に生産されるかも分からない だから生きる力の基本として こんな事すら分からない で 箸の持ち方の前にここに並んでる食材が何か分からないって話しになってくる そういうことも含めて 食育っていうのは 生きる力の根元って言うのと直結していて 靴の履き方とかお着替えの仕方とかそういったことも躾の一つかもしれない だけど食べ物を食べるっていうことはどういうことなのか とか 勿体ないって言葉を教えるのも 実は非常に難しいことで 野菜も作ったことのない人が勿体ないって言ったって 言葉のあやで 形上 社交辞令で使ってる こんなの教育にならないから 子供達を畑に連れて行って 農作業して収穫まで手伝わせると 自分で収穫した者は子供でも好き嫌い無しに食べるから だから学校で12年、16年って時間つぶすのを教育ってはき違えるのも自由だけど その中で農業一つも教えないっていうのは教育として本当に病んでると思うわけ 机上の空論で 野菜っていうのは知ってるのは名前だけ だから長雨になると水腐れしたり 曇りが多いだけで日照不足したり 逆に雲がないと今度日照りで日照が多いのもダメだし だから自然との協調性と その毎年毎年の自然との折り合いっていうのが ある程度あっての農業なので あの農耕民族でずっと国を創ってきた民族である日本人っていうのは 食育一つ考えるにもこういう色んな深い意味でのルーツっていうのも もちろんあった上での食育なので 単に野菜の話してるんじゃないわけ 西洋人が野菜の話するのと 東洋人が話するのは 同じじゃなくて 文化上 穀物類は日本人にとって主食 狩猟民族にとってはお肉が主食かも知れないけど それはもう違う・・ 食育の中心点っていう意味で言うと全く違うものになる だからそういうことも含めて だから体の健康学考えても西洋人が肉を食べて栄養にするのと 東洋人がお肉を食べて栄養にする割合っていうのは 明らかに内蔵の造りが違う、腸の造りが違う で 肉とかたんぱく質を分解する酵素をやっぱり西洋人ほど持ってないので消化吸収のシステムが違う、 とか 話せばキリがないわけよぉ! 食育も! まぁここでは講演会Storyについて話すので 食育につていは詳しく言わないけど でもこういうことも含めて 講演会を通してどんな可能性があるかご存知ですか?って言った時に 僕の引き出しの多さは講演依頼者には観えないと思うので 予想もつかないって言うか 分からない・・ だけど問題は 講演会で終わってしまう関係なのか、講演会をキッカケに「長いお付き合いしていきましょうね」って ね、 あの一期一会って言葉を大事にする人がいるんだけれども 逢ったのにもう二度と逢わんって話か!って 言うよりは 逢ったからには一生涯お付き合いしましょうねっていうぐらい お互いのVisionや方向性、より良い地球や未来のことを考えてる人たちが集まっていく 教育・医療・健康・食育・Vision、第一次産業から第二次産業、第三次産業もちろん第四次・第五次の産業のソウシツ(?)も含めて 持続・継続可能な社会創りっていうのと 今の社会っていうのは恐怖と脅しで不安をターゲットに 老後対策をさせるっていう夢の無い国家ビジョンみたいな、ビジョンっては言わんけど 国家運営だけど そうではなくて 好きなことをして好きなものになれる 夢を追いかけながらでも 生きる力として大事なことのどおりは押さえておく で やりたいことをやってしっかりと稼いで 経済的に身体的な健康も含めて 健全な未来を皆で繋がって創っていきませんか って言ったときに 国っていうのは国家ビジョンを国民に明確に出す必要性が僕はあると思うけど アメリカで言うと共和党と民主党が福祉と経済活動を自由競争で企業を伸ばして 格差が出たら不満が出るので今度福祉に転換して民主党と共和党を 政策の与党野党を交互に変えながら のらりくらりの政策をしている 日本は自民党がその両方をバランスもってやろうとするんだけれども 外側に羽振りの良いフリをする国家であれば 税金は高くなって 外国にばらまくお金は増えたとしても国民の生活水準は何ら変わらないっていうか、 だから外国に良い顔するのは良いけど 国民の血税っていうのをとっても甘く見てるなぁと思うわけ だから税金が自分達に還元されて国が豊かになってる 自分たちの生活が豊かになってる 未来が明るいなぁと思えるんだったら 国が税金出してくれないかって言っても国民は喜ぶと思うわけ でも国がこれだけ税金あげるのに神経質になるのは国民が国のお金の使い方に不満だからだと思うわけ だけど今言ってるような 講演会Storyから何が生まれるのか 次はどの可能性があるのか っていうのを 僕の持ってる色んなVisionの引き出しと結合させていくことができるんだったら たかが講演会じゃなくなってくる 話しは あらゆるビジネスの展開やネットワークの繋がりや可能性との繋がりっていうのは もう想像を絶する程色んなものと繋がっていく 今回の尾道講演会は 健康 整体 河尻さんっていう人間の方向性、可能性 と 僕の引き出し っていうののマッチングっていうか その繋がりだけど これが 例えば 不動産であれば土地開発とかマンション経営とかそう言ったものなんかも どうすればマンション経営が自然との共存や人口密度に関する問題や一次産業、二次産業との関連性について とか そういったもの意識したマンションの住民になるか とか そう言ったことを考えていけるような マンショングループの経営の仕方があるんじゃないか っていう提案を僕はしていくし 例えば 尾道の翌日広島市内で製薬会社の講演会やったんだけど 僕は ・・まぁズッコケな話なんだけど すっごい強気で この製薬会社が発表してるあるサプリメントがあったんだけど 『そのサプリメントをこの製薬会社の本社の人間よりも僕が営業マンになったら明日から実績1位を取る』って言ったわけ したら製薬会社の営業マンは普通「なにをぬかすんだこの講演者は?!」って思うじゃん? だけど本気で負けない自信があるわけよ なぜかって言うと この製薬会社が発表したサプリメントっていうのを考えていった時に 例えば営業本部長に聞いたわけさ『この仕事やって何年ですか?』って したら「もうかれこれ18年なります!」ってこう言ってくる 『あぁそうなんだ』って『じゃあ後輩だな!』って言ったわけよ したら本人「は?;」ってなった 「どういう意味ですか?」って言うから 『お宅の商品飲んで 僕は25年なるよ』って言ったわけよ 『25年飲んでて この商品の使い方っていうのは ただ飲むだけではなくて 肌につけると◯◯、◯◯な状況で使うと◯◯、◯◯な病気の人は◯◯使い方が良い、◯◯症状の人には◯◯使い方がある、飲んで良し、付けて良し、別のものとアレンジして良し、 もう何拍子も揃ってるようなこんな素晴らしい商品を持ってて こんな生ぬるいような営業スタイルなんですか?と僕は本社の人に言いきれるよ』と だから如何にこの商品を愛してるかが大事なんだっていう話を 商品に惚れ込んでて 商品の素晴らしさにどれだけ理解があるか・好きの力があるか なんだよ っていう話をしたんだけど 帰る時には「本当に改めて襟を正そうと思いました」って やっぱり本社の人たちに言われたわけさ それぐらい製薬会社の講演ひとつでも その講演を通してみんなこの製薬会社の社員に筋金入りの何かね、気合が入った!っていうようなことで お礼を言われる で それをたかが数十万でやるって考えると 講演っていうのは安いもんで 普通企業が実績を伸ばしていくって考えると こんな2.30万で出来る問題なのかだよ コンサルなんて 大手のコンサルなんか年間300万500万とか 元すればもっと高い金額で契約していてやるわけでしょ?! そんなのたった一回の講演会で筋道立てようかって僕は言ってるわけ そんなのを僕が大口叩いて豪語してると思うのか それとも なぜそこまで言えるのか っていうのを考えていった時に 僕はお喋りをする先生じゃないわけ ね、 話せば長いんだけど これは僕のファンサイトでいずれ細かく公開していくけれども 僕は商売を初めて始めたのは小学校3年生からだから 小学校3年で商売を始めて 働きながら自分の身の回りのことは全部自分で経済的にもやって それでいて20代半ばから経営者なって 色んな業種も含めて 色んなことを現場でやってきて 農業も15年もやって いろんな仕事の種類・業種も含めて色んなことをやってきて 現場をやるのは返ってセミナーをやる以上に得意なんだよ 話をする以上に得意 現場の方が だけれども現場を見てきて思ったのは どんなに良い商品や良い環境や良い物や場所があったとしても 人間性の品格が低いと商品も場所も全部ダメになるんだよ だから人が育ってないと 良い商品を開発しようが 良い環境創ろうと とにかく どんどん どんどん ダメになっていく だから人間力が低下していくと 物もダメになる 世の中には本物の商品って山ほどあるよ? 良い物がたくさんある だけど良い物を良いって分かる人間性が無い ってなってくると当たり前どんなものも時間と共に廃れていくっていうか だからそんなんじゃダメだ って思った時に 『現場で物売ってる場合じゃない!!』って思ったわけ これは人間力を取り戻して 人間性をもう一回とり戻す必要性があるなと思ったから僕は人材育成、 教育の会社を起こしたんであって そうやって考えていった時に現場上がりだからね僕 大学の教授みたいに机上の空論言ってるんじゃないよ 評論家と解説者の違いだよ 評論家っていうのは 経験がなくても立場上役割として出来るけど 解説者っていうのは その現場にいた人間しか解説者にはなれない プロ野球選手だと プロ野球選手だった人が上がって就職していくのが解説者で 評論家っていうのはテレビ局の人でもなれるわけさ 誰でもなれるっていうか、 そういう意味で言うと 僕は評論家か解説者かっていうと解説者なので 現場上がりなので やっぱり現場の厳しさ・シビアさ 冷たさやそういったことも含めて 充分わかった上で言ってるので 生ぬるいVisionを話してるんじゃないわけ だからそういう可能性考えていくと 講演会から末拡がっていく可能性 っていうのは無限って言っても過言じゃない それが僕にとっての講演を目的とする「講演をして達成した」っていう気持ちになるのか 「この講演から始まるんだ!!」っていうことになるのかって言った時に 講演会がすべての可能性を創り始める 分岐点になるワケ だから講演会っていうのは 僕にとっては始まりなわけ 講演会が終ったところからが始まり その可能性は やっぱりこの文章を読んで「じゃあこの業種はどんななんだろう?」「こういう世界観はどうなんだろう?」っていうことは いくらでも円隣に投げかけてきてほしいし まぁ僕の専門は ハッキリ言って “人” なので 人が起こすことだったら何でも来い!って言うぐらいのスタンスなので あらゆる形で 貢献できるんじゃないかなって だから 講演だけで終わりではない!そこからがStoryが始まるんだ! っていう意味から “講演会Story”ってタイトルが付いてるので やっぱり これを目にした人たちっていうのは 金城幸政がプロデュースすれば講演もここまで「たかが講演会じゃないよ」っていう「されど講演会」っていうものにしていけるっていうのが ここで言いたいことだから
なぜ講演会Storyをつくっているのか?               秘書 小堀美奈子 ​ 講演会をする目的は とにかく話を聞かせたい届けたい という想いの種のみ それが主催者の想い その想いはシンプル そのシンプルな想いは 千差万別 ですが どれも心をうつものばかり 講演会をしたい‼️ と 想いをもって動いた分だけあるのです 講演会までには 色々な準備や 動きがあります チラシ チケット作り 会場さがし 講演会のPR チラシ配りから始まり そこで出会っていく人 出会った人の 応援があって 当日の講演を迎えます 講演会は ひとりの想いから始まりますが 伝わりあい 広がる愛の波紋 そこには 多くの人の協力や想いの共感があり 確実に大切なものが 手渡されていくという実感があります 伝えていく人は 自身が幸せを感じていく 出会った人は 確実に 人生が変わって 幸せを実感していく 知ったことで豊かに変わっていく 豊かな循環の Storyなのです そのプロセスは 本当にリアルなStoryで この舞台裏こそ 講演会をする意義にも感じています そんな 私自身が一番幸せになった当人 幸せを手渡す一員として そのプロセスがどれだけ 凄いことで 尊いことか 人と人との繋がりをつくり 出会いが偶然ではなくて 必然であるということを 目の当たりにしています 想っている人は繋がる シンプルです 優しい社会活動の原点でもあるんだなぁって いつも感じています そんな舞台裏を 知ってもらうことも 手渡すことも 講演会と同じくらい 大切なことと思って “講演会Story”をつくっています きっかけは 単なる講演会ですが 講演会後も 主催者の人生が 変わる事が起こったり 取り巻く環境や 人の繋がりが広がっていく 本来 自分自身が想っていたビジョンへと 繋がっていく感謝の循環のStory 感謝の循環は 『 いい社会 いい世の中にしたい 笑顔溢れる人生を手渡したい 』 シンプルに 人を大切にする環境創りへと繋がっています 私達が講演会を開催しているのは 講演会という 啓蒙活動を通して 人の生きる目的や 教育の意味 大切にすべき価値 を あらためて考えるキッカケになるからなのです そして 最終的には 普遍的財産 を手渡したい という念いでつくっています