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小堀美奈子 を読む
なぜ講演会Storyをつくっているのか?            作家 金城幸政 一番初めに えっとね 講演会Storyをただ講演会がありました、 広告だといつありましたとか、 日程とか スケジュールとか ああいうレベルの 報告とか こういうレベルで講演会っていう 形をただ位置づけて表現するんじゃなくって 講演会Storyっていうstoryをつけたのは まさしく自分たちがそれを一つの物語に していくんだっていうことから もちろん講演Storyっていうタイトル そのまんまにしてるんだけど ただそのstoryっていっても 今 現実 世の中に その既存のものがないんだったら みんなのイメージって まぁ講演Storyなんでしょうね・・・ っていうレベルで考えると思うんだけど ここまで利用価値っていうか 可能性 いろんな形で作れるものになるんだなっていうひな形 そういった見本になるものまず最初に作りたい で 一番初めに講演会、 主に啓蒙活動の中でも講演会っていう位置づけと セミナーの位置づけの違いって言った時に セミナーは一つのテーマ、 親力プログラムだったら そのプログラムのカテゴリーの中で それをしっかりとひとテーマひとテーマ 4年間60項目のカリキュラムの中で ほんとにひとつひとつみっちり 縦にドンドン掘り下げていく で、4年間の間に やっぱり中学高校の部活と同じように、 人が3年もやれば分かるじゃん? 素人がかなりできるような状態 だからある程度のカリキュラムの内容と期間 っていうのがとっても大事で 愛着心ひとつ生理的欲求ひとつ教えるのも ほんとに2年3年かかって当たり前。 で愛着心が絆とか信頼関係とかに 繋がっていくまでだったら ほんっとに3年要するっていうか・・・。 でも3年通った人はもう明らかに分かるんだけど、 明らかに人間関係が変わってる もちろん親が変わる お母さんが変わるから 夫婦関係 もしくは 家族関係っていうのも 全体的に変わっていく ただそれを3カ年しっかり面倒みましょうって いうことも含めてセミナーっていう だけど講演会っていうのは 一つのきっかけを与えるためにあるものだから いかにして広く浅くっていうか、 まっ僕の講演会ってある程度深みもあるけど・・・ ただし、いろんな講演会で ひとつのきっかけをつかむっていったときに 子育てのこと 夫婦のこと、健康のこと 仕事のこと 日常対人関係全般で、 会社でいうと社員教育とか同僚とかの人間関係とか ああいうことも加味して この講演会の中でいろんなものに 波及して応用が利くっていうか そういうのに活かせるっていう風に ヒントになるような幅広さで こうやっていかないと講演会はいけない で・・・講演会をきっかけにこういう可能性も ああいう可能性もこういう可能性も あるんじゃないかっていう だから講演会はどうしてもひとつのテーマを 深く掘り下げるんじゃないってとこも 多々ある中でやるんだけど セミナーと講演会の違いはまずそこ ただ、その講演会も 今まで自分たちの主催主導でやった講演会も もう何十・・何百っていうことも 僕は手掛けてきたから 主催者としての目に見えない苦労いっていうか そういったのもやることの大変さってのも 面白さももちろんあるけれど、 そういったことを僕はもちろん 体験上分かっているわけね。 だからこそ 依頼者側 講演を依頼する側の大変さもよく分かる。 だから日頃の人間関係 人間付き合い 社交性の広さに応じて それぞれが集客しやすい しにくいももちろんあるし 地域性 っていうのもある。 日頃から活発に行動していろんな人たちと 人脈を持ってる人が講演会主催するってたって そりゃ簡単な問題なんだけど。 まぁ関係者にお願いね?!っていうことで どんどんどんどん1人が10名 1人が5名って連れて来る割合ね 講演会も集客も割と簡単で賑やかにできるんだけど ただ社会的なつながりや活動日頃やってない・・ まっ・・ 単なる一人のお母さんが講演会やるってなると そういうわけにはいかない ただそういうこと考えていった時に、 講演Storyってのがひとつでも しっかり表現されていれば 誰が講演会依頼してきてもうちのサイトマップ、 そういったものを活用すると その地域地域の講演活動が集客にしても しやすくなるっていうか 今回の岐阜でいうと、 特に、たった一人の専業主婦が 起こした講演会なんだけど 会場をよく見てみるとお客さんの3分の1が やっぱり地方、 別の 岐阜の以外のところから来てる 遠いところなんか、 車6時間も飛ばして3交代で 藤沢から講演会を応援しようツアー っていう応援隊が来ていて。 で会場の受付とか色んな手伝いを 神奈川県のチームが岐阜をすごくサポートしたわけ。 だからネットワークがない、なくてもやっぱり円隣 もしくは金城幸政っていう人間関係の関連で 人が繋がっているっていうことで やっぱり力のない一主婦でもお母さんでも、 そういうことが可能になるっていうのは まさしくこういうサイト自体が動いてて その告知っていうか、 この啓蒙が行き届いているからこそ みんなが動いてくれる。 だからそういう意味で言うと、 サイトがそうやって誰が主催しても サイトに集う人たちが 岐阜を盛り上げてあげようよとか 鹿児島熊本を盛り上げてあげようよとか、 そういうものがあるので なんて言うのかな・・・ こう・・人が繋がることが実際、 次の環境作りがやりやすくなるっていう で、講演Story がなぜ講演Story 「Story」がつくのかって話に戻ると シンプルに言うと、 これはこのサイトの中で 冒頭に持ってきてほしい部分なんだけど なんで講演Story 「Story」かっていったときに 講演会をみんなのイメージで考えると 本当に講演会ってしかイメージがなくて、 何かの話を聞きに行く、 で、それが日常の何かにヒントになれば? みたいな感覚で講演を聞きに行くと思うわけ で、主催する側もそれをきっかけに こういう情報掴んでほしいな・・とか こういうのが円隣のサイト、 金城幸政って人が発信している情報や 環境があるよってことを教えたい 伝えたいっていうことももちろん目的としてある。 ただし講演会の後、 ほとんどの主催者っていうのは講演会をした後、 何かを達成した感覚になっていて、 実際講演会の後が大事ってことを よく分かってない人もいる 講演会をやったからには、 あの講演会をやった人ですよね・・・ っていう感覚で知り合う人も多いわけよ だから講演してきた依頼内容を大事に過ごしてる人 っていうイメージで出会う人たちが多いから、 その後、例えば尾道でいうと、河尻っていう人間が こうそれを起こしたってなってくると 河尻さんがこういう講演会をした、 その講演会で知り合った人は 河尻さんはこういうことに関心がある人って イメージになるんだよ だからその後の付き合いに 実は講演会ってのは影響を与えていて、 自分たちは終わったイベントって考えると 終わってるんだけれども 問題はそこで起こった情報とか、 あの出会わせてくれてありがとうとか そういったものが実は 自分の人生や人間関係に息づいているってことを 分からないといけないと思うわけ で そういうことも含めて、 講演した後の方がもっとケアが大事・・・実は。 やった本人も、 もちろん主催を受けた我々も、円隣も。 で その可能性、 Storyっていうことの可能性の中で言えば 河尻さんはこの整体院をやってて 健康に関する仕事を本職としているんだけれども。 今回、河尻さんはこの講演会を通して、 えっとね・・・ 河尻さんの尾道の講演会の翌日はスケジュール上、 ある製薬会社の健康関連の講演会が僕はあって 同じ広島ってこともあって 河尻さんの講演会の後に翌日市内に飛んで、 市内で製薬会社の健康に関する 講演会やってるんだけど・・・ 河尻さんは同じ広島ってこともあって その講演会も2日連続聴くことになったんだけど その講演会を聴いて、 河尻さんが一言感想で言った言葉が 「人生最良の2日間でした」 っていうこの名台詞っていうか言葉・・・。 だから講師冥利に尽きるっていうか、 そういう言葉をもらってるんだけど。 なぜ河尻さんがその言葉を言ったかっていうと、 長い、健康に関する仕事をしてきて このままでいいのだろうか?とか もしくは今後どうしていくべきだろうか? っていったときに、 方向性、自分の職務っていうか 仕事の方向性って考えていった時に このままで このままでは良くないんじゃないかって 何かいいことないかってこう考えていく で 実際本当にこれは 病院だろうと理学療法だろうと鍼だろうと ああいう整体であろうと 健康にする、 言い換えると 健康にするっていうことと 病気を治すってことはちょっと違ってて その病気を治すって世界は焼け石に水で どんなに治療しても治療しても 同じ慢性のものの治療を受けに来たり 治療したからといってもう二度と 治療が必要無いぐらい健康になるってのは稀で 常に常にメンテしないといけないみたいな 感覚があるっていうか だからそういう意味で考えた時に、 本当にこのままでいいんだろうか? っていったときに 本人の無意識は経験上気づいてる訳よ・・ 河尻っていう人間の無意識は 経験上気がついてる訳よ 病気を治すって話と、健康にする健康になるって、 健康になって、健康を維持・増進で もっと元気を与えるっていうのは 別の問題だってことが 何て言うの?アナログだったんだよね アナログのトーンていうか でも、僕の話を聴くことによってデジタル的に、 要するに病気を治すって分野の世界と 健康をさらに健康にするっていうことの違い。 だから病気を治すっていうのは 健康っていう言葉で片づけていいのかもしれんけど、 健康な人をさらに元気にする、 さらにパワフルにするっていうのは 健体康心って言葉の元々の由来があって 健体康心 健康な体にやすらかな心で 健体康心って言うんだけど 健康な体にはやすらかな心 やすらかな心には健全な体っていうのが 宿るんだっていう こういうことで考えると 心 メンタル 心と 精神性と 健康っていうのは切っても切れない 肉体っていうのは って考えていった時に 本当の治療とは 総合 総合的な医療っていうのが本当の治療であって 対処 以上に、急性とかどうしようもない時は 対処も必要だけど、 対処の前に 起こす原因、再発みたいな形で 何度も同じ状態・症状を繰り返すことなんかの 根本 動機 その病気の元というのを 原因っていうのを考えていくと 元を正せば2度、3度同じ治療が必要ないっていうか だから 一つの病気を治すにあたっても 治したからにはもう二度と病気にかからないぐらい そのことから学習しないと 焼け石に水になるのは当然。 だから元気な人を健康な人を さらに健康に導くもしくは、 本当に健康維持ができるっていう状態が 整体院としても、 もっともっと次元が高まっていく ステージに入りませんか? っていうことを河尻さんにその時話して 河尻さんはまさしく自分が無意識で分かってたことを 言葉にしてもらった気がするっていう。 だからもう明確になりましたってことで 「最良の2日間でした」っていう だから迷いが消えたっていう。 だからあの講演会は、講演会を通して そこの会場に集まった人たちに たくさんのきっかけと 情報提供っていうのができたんだけど それ以上に主催した河尻さんにとっては まさしく 「運命の分岐点」 〝人生の分岐点〟 になったんじゃないかな? だから、まずそれがひとつ だから講演する人にも すごい影響があるっていうか、変化成長がある だから僕は河尻さんが言った、 「最良の2日間でした」っていう言葉を 僕に講演依頼してきた 全ての人に言わせてあげたいな 引き受けるからにはっていう、 それが僕の講演会の引き受け方なんだっていう だからただでは転ばん ただでは死なんっていうか まず、それが講演会を通して 本人が大きく分岐点迎えるっていうことと 講演会を通して たくさんの人の気づきやきっかけってのを 与えられるっていうのが講演会そのもののメリット 講演会後の問題っていうのは どういうことかっていうと、 講演会をやって終わった達成感だけにしてしまうと なんらこう 本当に 活きてこないっていうか限界がある 講演会で何らかの環境っていう言葉から逆算すると、 講演会が環境作ることはあり得ない 講演会の後に繋がる人たちとか、 明確なビジョンや目標が生まれて その活動を通して 環境が生まれるんだったら分かるんだけど、 講演会自体がいきなり環境を生むってことは あり得ないわけよ だから講演会をきっかけに そういう情報や意識の切り替えが 起こったんであればそれをきっかけに、 そこで起こった感動とか 明確なビジョンや方向性・目標 そういったものが生まれたんであれば、 それを絶やすことなく続けていくことで 講演会をきっかけに次の環境が生まれるっていう だから、その環境を創ろうと思ってる前提で 講演会するんであればまた別の意味の講演会になる だから講演会をするっていうことが目標なのか、 講演会を通して次の目標ないし、 ビジョンをちゃんと掴ませよう っていうことになるのかっていう もしこれが言ってる意味が分かるんだったら、 講演会を通して明確なビジョンや方向性を 捕まえようっていうんであれば、 講演会は手段になるので 言ってしまえば、これが企業にあてはまると 会社の経営方針が大きく転換していく 大きなコンサルになるわけよ、 会社に置き換えた場合 だから僕は、 講演会をそういうレベルで考えていくと、 もう単なるお話を聞いて ちょっと意識付けしましょうっていうことで 講演会を大成功・達成しましたっていうことで 完結させるのと その講演会をきっかけにして それを通して講演会を通して 次々に何が生まれていくのか? っていう展開を考えることの方が 講演会の付加価値っていうか 存在する意味の価値っていうのが凄い大きくなる そこで 例えばこれはもう 河尻さんの意識にももちろんよるんだけど 河尻さん自身も 自分の仕事や職場環境のホームページを あの 形通り まぁ ITのプロじゃない限り・・・ 僕はもう 何て言うのかな 基本的なことが あればいいと思うんだけど そういう まぁ あの 職場を表現してる 例えばホームページがありますっていう、 そのホームページに 講演会しましたっていうことを載せた場合、 例えば情報のほとんどが 円隣が本部が持ってていいわけね ただ、そこと円隣の本部と 河尻さんのサイトを紐づけして繋ぐことで 河尻さんのとこで健康の関連で興味持った人が 円隣のことものぞける。 一見 見方をいやらしくすると、 河尻の窓口を使って 円隣のお客さんを増やそうに見えるんだけど、 逆に言えば、河尻さんだけではできない部分を 円隣がフォローしようっていうものの見方になる で、河尻さんのところの窓口をきっかけに 子育てのコツをたくさん掴む人たちが 生まれてくるってなると ただの整体院じゃなくなるわけよ だから河尻さんは 健康か整体に関する専門家かもしれんけど、 家族づくり 家庭づくり とか 子育てに関する情報だったら、 金城先生がプロフェッショナルなので、 金城先生の持ってる そういう家庭に還元できる 大切な情報を河尻という窓口を通して 広くたくさん尾道の人たちに還元できるわけよ。 だから・・・えっと ただの整体家さんじゃなくなる。 そうやって河尻さんの仕事を 違う側面から支えること、 サポートすることができるんじゃないか 単なる紐づけだけでも、 僕はそういうの可能になると思う。 で、そういう人たちが 尾道の 河尻さんの整体院を通して たくさんの人が色んな恩恵受けてますって 例えば河尻さんとこのネットワークで そういうサイトを見てますって人が尾道周辺だけで 1000名います 3000名います 5000名います、 ってなってくるとこの5000名はあの、 河尻さんのお陰様で子育てが楽しくなりましたとか、 そういうものが伝わっていくと 河尻さんの専門家は整体なので、 別に子育てのことに特化して書いたり、 なんやかんやする必要ないわけよ それはうちがやるわけ。 だけど、その情報が 河尻のところで全部観覧できる見れる、 情報できるってことになると この整体院便利よねって話にもなってくる。 すると気が付くと整体、 整体を受ける患者さんも含めた ネットワークとそのついでに 子育てのこと、パートナーシップのこと、 色んな事を勉強する人たちのネットワークも 河尻さんのホームページに アクセスしてネットワークしてると、 色んな意味で 河尻さんのサイトが地域貢献する。 それが3000名5000名に なっている状態であれば、 例えば河尻さんが第二弾の講演起こすとしても、 サイトで発表すればいいだけだと思うわけ その5000名はいつもここで勉強してる訳だから。 金城先生来るよ~っていったときに、 行く行く~って人が これが10名に1人が来たとしても 大事件になるわけさ。 会場は500名以上の会場を 用意しないといけなくなるから。 すると その会場に集まった人たちは、 日頃サイトの中で ある程度の情報を共有してる人たちなので、 この会場っていうのは初対面じゃないような 空気が最初からあって。 で そこで直接会うことによって、 さらに親しみが湧いて あの 河尻さんの整体院に 常時30名ぐらいが入れるぐらいの カフェが必要になるんじゃないかって 言わんばかりの環境っていうか、 ってなると思うわけ。 そこで あの尾道っていったら何がある? ていったときに、 尾道に特化してこういう県産品とか 名産品とかがありますよってなってくると、 何て言うの? 河尻一押し何とか商品って いうのなってくると・・・ 沖縄の人が楽しみになって欲しいなって思うと、 河尻さんのホームページから円隣にこういうのが 100個準備できますよってなったときに、 沖縄の方買う人いませんか?って言えば あぁ このぐらい欲しいですねってなると、 ちょっとしたショッピングの ITモールショッピングセンターになる。 沖縄のゴーヤが入りました 尾道で欲しい人いませんか? ってなって河尻さんのとこの5000人のファンが 沖縄のゴーヤが河尻さんのとこで買えるってよ? 注文できるってよ?ってなったら、 河尻さんのホームページから ゴーヤ200本下さいって言うんであれば、 その200本を購入するってことができる。 これを単に商売と見なすのか それとも良い農家から良い食材を取って 食育に繋げていきたい って考えると後々に 整体院の健康と関する問題に繋がっていく。 だから単に単にそういう食材提供しましょうとか ITモールで商売しましょうとか そういう話ではなくて。 そういうことを通して 良い食材を考えて健康のためにっていう ことで考えるんであれば食育にも繋がっていく だから例えば、そのゴーヤ一つにしても どういう農家の人がどんな意味でどんな気持ちで 作って育てた大事な野菜かっていうことを、 あのサイトを読む家族の人たちが読むだけで 農家事情っていうのはこういうことなんだなとか、 ちょっとした今どこの家庭ももちろん農業離れしてて 農業したことない人がほとんどでっていう。 でも自分たちの毎日口に入ってる食材が どこでどういう風に生産されるかも分からない、 だから生きる力の基本として こんなことすら分からない。 で、箸の持ち方の前に ここに並んでる食材が 何かわからないって話になってくる そういうことも含めて 食育ってのは生きる力の根本 っていうのと直結していて、 あの 靴の履き方とか お着替えの仕方とかそういったことも 躾のひとつかもしれないけども、 だけど えっ~と 食べ物を食べるってどういうことか?とか、 もったいないって言葉を教えるのも 実は非常に難しいことで。 野菜も作ったことのない人が もったいないっていったって 言葉のあやで形上教えてる 社交辞令で。 で、こんなの教育にならないから、 子供たちが えっと 子供たちを畑に連れて行って 農作業までして収穫まで手伝わせると 自分で収穫したものは 子供でも好き嫌いなしに食べるから。 だから学校で12年16年って 時間潰すのも教育って、 履き違えるのも自由だけど その中で農業ひとつも教えないっていうのは、 教育として病んでると思うわけ。 机上の空論で なんかこう 野菜って知ってるの名前だけだから。 長雨になるだけで 水腐れしたり 曇りが多いだけで日照不足したり 逆に雲がないと 今度日照りで、 日照が多すぎてもダメだし だから自然との協調性とその年 毎年毎年の その自然との折り合いってのが ある程度あっての農業なので。 あの農耕民族でずっと国を造ってきた 民族である日本人というのは 食育ひとつ考えるにしても こういう深い意味での ルーツっていうのも もちろんあった上での食育なので あの 単に野菜の話をしてるんじゃないわけ 西洋人が野菜の話をするのと 東洋人がするのでは 同じじゃなくて 文化上、穀物類は日本人にとって主食 西洋人、狩猟民族にとってお肉は主食 かもしれないけど それは違う 食育の中心点っていう意味で言うと 全く違うものになる そういうことも含めて 体の健康学考えても 西洋人が肉を食べる 食べて栄養にするのと 東洋人がお肉を食べて栄養にする 割合ってのは明らかに内臓の作りが違う 腸の作りが違う で 肉とかタンパク質を分解する酵素を やっぱり西洋人ほど持ってないので 消化吸収のシステムが違うとか 話せば切りがないわけよ 食育もここでは 講演Storyについて話すので 食育について詳しく言わないけど でも、こういうことも含めて 講演会を通してどんな 可能性があるかご存知ですか?って言った時に 僕の引き出しの多さは 講演依頼者には見えないと思うので 予想もつかないっていうか 分からない だけど問題は講演会で終わってしまう関係なのか 講演会をきっかけに 長いお付き合いしていきましょうねって 一期一会って言葉を愛する人がいるんだけど 会ったのにもう二度と会わんって 話かっていうよりは 会ったからには一生涯お付き合いしましょうね っていうぐらい お互いのビジョンや方向性 よりよい地球や未来のことを 考えてる人たちが集まっていく 教育 医療 健康 食育 ビジョン 第一次産業から 第二次産業 第三次産業 もちろん第四次 第五次 の創出も含めて持続・継続可能な社会づくり っていうのと 今の社会っていうのは恐怖と脅しで 不安をターゲットに老後対策をさせるっていう 夢のない国家ビジョンみたいな ビジョンとは言わんけど・・・ 国家運営だけど そうではなくて 好きなものを 好きなことして 好きなものになれる 夢を追いかけながらでも 生きる力として 大事なことの道理は押さえていく でやりたいことをやって しっかりと稼いで 経済的に 身体的な健康も含めて 健全な未来をみんなで繋がって作っていきませんか? って言った時に、 国っていうのは国家ビジョンを国民に 明確にちゃんと出す必要性が僕はあると思うけど アメリカで言うと 共和党と民主党が 福祉と経済活動を自由競争で企業を伸ばして 格差が出たら 不満が出るので 今度福祉に転換して 民主党と共和党を政策の与党野党を交互に替えながら のらりくらりの政策をしてる 日本は自民党がその両方をバランスもってやろうと するんだけども 外側に羽振りの良いふりをする国家であれば 税金は高くなって 外国にばらまくお金は増えたととしても 国民の生活水準は何ら変わらないっていう だから 外国に良い顔するのはいいけど 国民の血税っていうのを とっても甘く見てると思うわけ だから税金が 自分たちに還元されて国が豊かになってる 自分たちの生活が豊かになってる 未来が明るいなぁと 思えるんだったら国が税金出してくれないか? って言っても国民は喜ぶと思うわけ でも、国がこれだけ税金を上げるのに 神経質になるのは 国民が国のお金の使い方に 不満だからだと思うわけよ だけど 今言ってるような 講演Storyから何が生まれるのか? 次はどの可能性があるのか? っていうのを僕の持ってるいろんなビジョン の引き出しと結合させていくことができるんだったら たかが講演会じゃなくなってくる話は あらゆるビジネスの展開や ネットワークの繋がりや 可能性との繋がりっていうのは もう想像を絶するほどいろんなものと繋がっていく 今回の尾道講演会は 健康 整体 河尻っていう人間の 方向性 可能性 と 僕の引き出しというののマッチングっていうか その繋がりだけど これが例えば 不動産であれば 土地開発とか マンション経営とか そういったものなんかも どうすればマンション経営が 自然との共存 人口密度に対する問題 や 一次産業 二次産業との関連性についてとか そういったものを意識した マンションの住民になるか?とか そういったことを考えていけるような マンショングループの経営の仕方が あるんじゃないかって提案を僕はしていくし 例えば この尾道の翌日に広島市内である製薬会社の 講演会やったんだけど 僕は まぁ ズッコケな話なんだけど すっごい強気で この製薬会社が発表してるあるサプリメントが あったんだけど、 「そのサプリメントを この製薬会社の本社の人間よりも 僕が営業マンになったら 明日から営業実績一位を取る」 って言ったわけ! したら、製薬会社の営業マンは普通、 「何をぬかすんだこの講演者は?」 と思うじゃん? だけど本気で負けない自信があるわけよ なぜかっていうと、 製薬会社が発表してるサプリメントっていうのを 考えていった時に この営業部長に聞いたわけさ 営業本部長に「この仕事やって何年ですか?」って したら 「もう18年になります! かれこれ18年16年とかなります」 とかこう言ってくる 「あぁそうなんだ!じゃあ後輩だな」 って言ったわけ したら本人「は?」ってなった 「どういう意味ですか?」っていうから 「お宅の商品飲んで僕は25年なるよ」 って言ったんですよ 「25年飲んでて この商品の使い方っていうのは ただに飲むだけではなくて 肌に付けるとこんな こういう状況で付けるとこんな こういう病気の人にはこんな使い方があり こういう症状の人にはこんな使い方がある 飲んで良し 付けて良し 別のものとアレンジして良し もう何拍子もそろってる こんな素晴らしい商品を持ってて こんな生ぬるいような営業スタイルなんですか?」 と僕は本社の人に言い切れるよと だから 「いかにしてこの商品を愛してるかが大事なんだ 話を商品に惚れ込んでて 商品の素晴らしさにどれだけ理解があるか? 好きの力があるか?なんだよ」 って話をしたんだけど 帰る時には 「本当に改めて衿を正そうと思いました」って やっぱり本社の人たちに言われたわけさ それぐらい製薬会社の講演ひとつでも その講演を通して みんなこの製薬会社の社員に 筋金入りの何かね? 気合が入ったっていうようなことでお礼を言われる で それをたかが数十万でやるって考えると、 講演っていうのは安いもんで 普通 企業が実績を伸ばしていくって考えると こんなん二・三十万でできる問題なのかだよ! コンサルなんて 大手のコンサルなんて年間300万500万とか もとすればもっと高い金額で 契約していてやるわけでしょ? そんなのたった1回の講演会で筋道立てようか? って言ってる訳僕は! そんなの僕が大口叩いて豪語してると思うのか? それとも なぜそこまで言えるのか? って考えていった時に 僕はおしゃべりをする先生じゃないわけ! 話せば長いんだけど これは僕のファンサイトでいずれ細かく 公開していくけれども 僕は初めて商売始めたのは小学校3年生からだから 小学校3年生で商売を始めて 働きながら自分の周りのことは 全部自分で経済的にもやって それでいて 20代半ばから経営者になって いろんな業種も含めて いろんなことを現場でやってきて 農業も15年もやって そういうことを いろんな仕事の種類 業種も含めて いろんなことをやってきて 現場をやるのはかえって セミナーをやる以上に得意なんだよ! 話をする以上に得意!現場の方が だけれども、現場を見てきて思ったのは どんなに良い商品や良い環境や 良いモノや場所があったとしても 人間性の品格が低いと商品も場所も 全部ダメになるんだよ だから人が育ってないと 良い商品を開発しようが 良い環境作ろうと とにかくどんどんダメになっていく だから人間力が低下していくと モノもダメになる 世の中には本物の商品は山ほどあるよ? 良いモノがたくさんある だけど良いモノが良いと分かる人間性がない ってなってくると 当たり前どんなモノも 時間とともに廃れていくっていうか じゃあそんなんじゃダメだって思った時に 現場でモノ売ってる場合じゃないって思ったわけ! これは人間力を取り戻して 人間性をもう1回取り戻す必要性あるなと思ったから 僕は人材育成 教育の会社を興したんであって そうやって考えていった時に 現場上がりだからね?僕! 大学の教授みたいに ずっと机上の空論言ってるんじゃないよ? 評論家と解説者の違いだよ 評論家っていうのは 経験が無くても立場上役割としてできるけど 解説者っていうのは その現場にいた人しかなれない プロ野球選手だと プロ野球だった人が 上がって就職していくのが解説者で 評論家っていうのはテレビ局の人でもなれるわけさ 誰でもなれるっていうか そういう意味で言うと、 僕は評論家か解説者かっていうと 解説者なので 現場上がりなので やっぱり現場の厳しさ シビアさ 冷たさや そういったことも含めて充分分かった上で 言ってるので 生ぬるいビジョンを話してる訳じゃないわけ だからそういう可能性考えていくと 講演会から末広がっていく可能性っていうのは 無限って言っても可能じゃない それが僕にとっての講演を目的とする 講演をして達成したっていう気持ちになるのか? この講演からが始まるんだ っていうことになるのかって言った時に この講演会が全ての可能性を 創り始める分岐点になるわけ! だから講演会ってのは僕にとっては始まりなわけ! 講演会が終わったところからが始まりっていう その可能性はやっぱり今回の文章を読んで じゃあ「こんな業種はどうなんだろう?」 「こういう世界観はどうなんだろう?」 っていうのはいくらでも やっぱり円隣に投げかけてきて 欲しいし 僕の専門はね はっきり言うと【人】なので 人が起こすことだったら何でも来いっていう ぐらいのスタンスなの あらゆる形で貢献できるんじゃないかな? だから この講演会だけで終わりではない そこからStoryが始まるんだっていう意味から 講演Storyっていうタイトルがついてるので やっぱり これをね 目にした人たちっていうのは 円隣が 金城幸政がプロデュースすれば講演会も ここまで 講演会もたかが講演会じゃないよ? されど講演会っていうものにしていけるっていうのが ここで言いたいことだから
なぜ講演会Storyをつくっているのか?               秘書 小堀美奈子 講演会は 主催者がいて 講演会をするのは とにかく話を聞かせたい届けたい という想いの種があります さすがにその想いはシンプル そのシンプルな想いは 千差万別ですが どれも心をうつものばかり 講演会をしたい‼️ 想いをもって 動くだけあるんです そして 講演会までには 色々な準備や 動きがあります チラシ チケット作り 会場さがし 講演会のPR チラシ配りから始まり そこで出会っていく人に支えられて 応援があって 当日の講演を迎えますが 講演会は ひとりの想いから 伝わり広がる愛の波紋 そこには 多くの人の協力や想いの共感があり 口伝えだけど 確実に大切なものが 手渡されていくという実感があって 伝えていく人 自身が幸せ感じてる 出会った人は 確実に 人生が変わって 幸せを実感していく 知ったことで豊かに変わっていく そのプロセスが 本当にリアルなストーリーで この舞台裏こそ 講演会をする意義にも感じています (まぁ 私自身が一番幸せになった張本人なんです😊💖) そんな幸せを手渡す一員として そのプロセスがどれだけ 凄いことで 人と人の繋がりをつくり 出会いが偶然ではなくて 必然であるか 目の当たりにしています 想っている人は繋がる シンプルです 優しい社会活動の原点でもあるんだなぁって いつも感じています そんな舞台裏を 知ってもらうことも 手渡すことも 講演会と同じくらい 大切なことと思って 作成しています 主催者とは別に 私達がなぜ講演会を開催しているのか それは啓蒙活動を通して 人の生きる目的や教育の意味 をあらためて考える機会をつくり 最終的には普遍的財産を手渡したいからです

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最終更新日:2017/11/21